2010年 03月 23日
卒業生に送る、ロックと英米法からのメッセージ |
皆さん、卒業おめでとうございます。今日は、ロックと英米法の関係から得られる教訓についてお話しします。
第1に、誤解を受けやすいことであるが、ロックの教訓は「世の中のルールなんかくそくらえ」ではない。代わりに「権威は尊重しなくてはならないが、盲信してはダメだ」と教えている。そして自己の信念に基づいて、正直に生きること、そのためには戦わなければならないことを説いています。
翻ってみると、英米法は、権力との闘争の中で練り上げられ「変えることの出来ない何か」を守り続けている(私見では、それは「法の支配」ではないか)。一方で「何が正しいかを決めるのはお前ではなくて、この俺だ」という考え方も堅持している。Bushell's Caseに見られる陪審の強い権限をみれば、このことは一目瞭然だ。
第2に、あまり知られていないことだが、ロックファンはある意味とても「まじめ」である。お気に入りのバンドのインタビューで言及された、彼らが影響を受けたバンドをチェックし、より深く彼らの音楽を理解しようとし、そうして遡っていく中で、ロックの歴史自体を学んで「この世界の人々」になるのである。
これは言うまでもなく、英米法の歴史的連続性や先例の尊重の考え方に沿っている。英米法研究では、単に1つの事件のインパクトを云々するのではなく、先例の中で、その事件がどのような位置づけになるのか、どのような重要性を持つのかを理解しようとすることが大事であるが、これは古典を尊重するロックの精神性に近い。
第3に、先例の重視と言っても、当事者の自由な解釈で、本件は先例とは区別される(distinguish)という形で、英米法は法を豊かにして来た。先例は大事だけども、もしそれが時代に合わないなら、自分の求めている物と違っているなら、それを裁判官の前で堂々と述べるのが、英米法の伝統だ。認められればそれが「新しい法」だ。
これは、古典を尊重しながら、それを咀嚼した上で、独自のアイデアを盛り込んで新しい魅力的な音楽を作り出すこと、その繰り返しでジャンルの細分化が進んでいくロックと同じである。時代が求める音楽は、その時代を生きる人から生まれるものだ。クイーンもメタリカも、当時はゴミと呼ばれたが、今では立派な権威である。
というわけで、卒業生の皆さんには、とくに「東川の講義はおもしろかったなあ」と思ってくれた人は、権威を尊重し、しかし自分にとっての正論を通せそうと思う場面では徹底的に戦い(なんでもいちゃもんつける人はただのアホです)、「昔を懐かしがっているだけのおじさんの時代」を「あなたの時代」に作り替えていって下さい。
※この記事は、以前の記事をベースに、学生が自主制作している卒業アルバムに寄稿したメッセージを転載したものである。
第1に、誤解を受けやすいことであるが、ロックの教訓は「世の中のルールなんかくそくらえ」ではない。代わりに「権威は尊重しなくてはならないが、盲信してはダメだ」と教えている。そして自己の信念に基づいて、正直に生きること、そのためには戦わなければならないことを説いています。
翻ってみると、英米法は、権力との闘争の中で練り上げられ「変えることの出来ない何か」を守り続けている(私見では、それは「法の支配」ではないか)。一方で「何が正しいかを決めるのはお前ではなくて、この俺だ」という考え方も堅持している。Bushell's Caseに見られる陪審の強い権限をみれば、このことは一目瞭然だ。
第2に、あまり知られていないことだが、ロックファンはある意味とても「まじめ」である。お気に入りのバンドのインタビューで言及された、彼らが影響を受けたバンドをチェックし、より深く彼らの音楽を理解しようとし、そうして遡っていく中で、ロックの歴史自体を学んで「この世界の人々」になるのである。
これは言うまでもなく、英米法の歴史的連続性や先例の尊重の考え方に沿っている。英米法研究では、単に1つの事件のインパクトを云々するのではなく、先例の中で、その事件がどのような位置づけになるのか、どのような重要性を持つのかを理解しようとすることが大事であるが、これは古典を尊重するロックの精神性に近い。
第3に、先例の重視と言っても、当事者の自由な解釈で、本件は先例とは区別される(distinguish)という形で、英米法は法を豊かにして来た。先例は大事だけども、もしそれが時代に合わないなら、自分の求めている物と違っているなら、それを裁判官の前で堂々と述べるのが、英米法の伝統だ。認められればそれが「新しい法」だ。
これは、古典を尊重しながら、それを咀嚼した上で、独自のアイデアを盛り込んで新しい魅力的な音楽を作り出すこと、その繰り返しでジャンルの細分化が進んでいくロックと同じである。時代が求める音楽は、その時代を生きる人から生まれるものだ。クイーンもメタリカも、当時はゴミと呼ばれたが、今では立派な権威である。
というわけで、卒業生の皆さんには、とくに「東川の講義はおもしろかったなあ」と思ってくれた人は、権威を尊重し、しかし自分にとっての正論を通せそうと思う場面では徹底的に戦い(なんでもいちゃもんつける人はただのアホです)、「昔を懐かしがっているだけのおじさんの時代」を「あなたの時代」に作り替えていって下さい。
※この記事は、以前の記事をベースに、学生が自主制作している卒業アルバムに寄稿したメッセージを転載したものである。
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by eastriver46
| 2010-03-23 23:32
| 日記