2009年 03月 11日
投票権法における多数の意味 |
合衆国最高裁の2008-09開廷期も、3月に入っていよいよ後半戦。重要な判決はたいていこの時期から6月下旬にかけて出されるので、そろそろ注意しておかなくては、と思っていたら、早速出ました。
投票権法が保護する「地理的にまとまったマイノリティ多数選挙区」という場合の多数とはどういう意味かについて、5対4で、投票年齢に達したマイノリティグループの有権者が50パーセントを超えている場合とした。判決文はこちら。
事案は選挙法のメッカ(?)ノースキャロライナ州での区割り。第18選挙区について、同州ペンダー郡をすべて含めるように区割りをすると黒人比率が35.33パーセントとなるが、郡の一部を他の選挙区に組み入れる区割りの場合は比率が39.36パーセントになる。
州は黒人比率が高くなるように後者の案を選択。同州憲法の規定によれば、選挙区割りにおいて郡の一部を分割することは、投票権法違反をさける場合をのぞいて禁止されているが、今回はまさに、郡を分割する案の方が黒人比率が高まるのだから、例外的に許されると考えた。
最高裁の判断は、保護の対象となるのは単独のマイノリティグループで50パーセントを超えるような場合であって、州による、39.36パーセントの黒人が白人票のいくらかを取り込んで、黒人が支持する候補者を当選させることができるのであるから、50パーセントに満たなくても保護の対象になるという主張を拒否した。
多数の意味については、全市民の多数か、投票年齢に達した者の多数か、有権者登録をした者の多数か、など見解が分かれていたが、本件最高裁判決は、この点について投票年齢に達した者で、しかも相対多数ではだめで50パーセント以上でなければならないとした。今後50はマジックナンバーとなるだろう。
一方白人との交差投票(crossover voting)による人種間の連携による投票力という考え方を拒否したことは評価が分かれそうだ。スータ反対意見が述べるように、交差投票がおこるのはむしろ好ましいことであり、黒人票だけで当選するような状況は、むしろ未だに人種にとらわれた社会であるということにならないか。
もっとも、交差投票がおこれば当選するかも、という状況をわざわざ投票権法がお膳立てしてやる必要があるのか、という多数意見も、それになりに説得力がある。この辺りは、黒人大統領を選出した現代のアメリカにまだ投票権法が必要なのか、という論点とも絡んで、今後議論を呼びそうだ。
投票権法が保護する「地理的にまとまったマイノリティ多数選挙区」という場合の多数とはどういう意味かについて、5対4で、投票年齢に達したマイノリティグループの有権者が50パーセントを超えている場合とした。判決文はこちら。
事案は選挙法のメッカ(?)ノースキャロライナ州での区割り。第18選挙区について、同州ペンダー郡をすべて含めるように区割りをすると黒人比率が35.33パーセントとなるが、郡の一部を他の選挙区に組み入れる区割りの場合は比率が39.36パーセントになる。
州は黒人比率が高くなるように後者の案を選択。同州憲法の規定によれば、選挙区割りにおいて郡の一部を分割することは、投票権法違反をさける場合をのぞいて禁止されているが、今回はまさに、郡を分割する案の方が黒人比率が高まるのだから、例外的に許されると考えた。
最高裁の判断は、保護の対象となるのは単独のマイノリティグループで50パーセントを超えるような場合であって、州による、39.36パーセントの黒人が白人票のいくらかを取り込んで、黒人が支持する候補者を当選させることができるのであるから、50パーセントに満たなくても保護の対象になるという主張を拒否した。
多数の意味については、全市民の多数か、投票年齢に達した者の多数か、有権者登録をした者の多数か、など見解が分かれていたが、本件最高裁判決は、この点について投票年齢に達した者で、しかも相対多数ではだめで50パーセント以上でなければならないとした。今後50はマジックナンバーとなるだろう。
一方白人との交差投票(crossover voting)による人種間の連携による投票力という考え方を拒否したことは評価が分かれそうだ。スータ反対意見が述べるように、交差投票がおこるのはむしろ好ましいことであり、黒人票だけで当選するような状況は、むしろ未だに人種にとらわれた社会であるということにならないか。
もっとも、交差投票がおこれば当選するかも、という状況をわざわざ投票権法がお膳立てしてやる必要があるのか、という多数意見も、それになりに説得力がある。この辺りは、黒人大統領を選出した現代のアメリカにまだ投票権法が必要なのか、という論点とも絡んで、今後議論を呼びそうだ。
by eastriver46
| 2009-03-11 23:40
| 英米法関係