2006年 05月 08日
なぜブログを公開するのか |
平塚での奇妙な殺人事件について、連日報道が行われている。容疑者から重要な情報が引き出せないまま数日が経過しているが、捜査当局には、粘り強く捜査を続けてもらえればと思う。
私がこの事件で一番気になっているのは、やたらと被害者のブログが出てくることである。捜査が進んでいないから、報道することがなくて、ブログを使って時間つぶしをしているように感じられる。被害者のブログの内容を検討することで、事件の鍵が見つかる可能性はゼロではない。しかし、容疑者から得られる情報の少なさに比べて、被害者のブログの検討が多すぎないか。
しかも、ブログからは、容疑者との不仲を思わせる記述と、あとはプライヴェートな事柄しか出てきていない。今日の報道ステーションなどは、被害者がコスプレにこっていたこと、ネット上のハンドルネームなど、はっきり言ってどうでも良い、事件の真相に迫ろうとする気のない報道であった。
この事件に限らず、最近の事件では、関係者のブログが公開され、記述の内容をナレーターが朗読すると言う報道のパターンが定着して来た。加害者ならばともかくも、被害者のブログを公開するのは、事件の真相に迫る意図か、取材の手間を省ける手抜き報道か、あるいは単なるのぞき趣味か。報道する側にその見極めは出来ているか。
なお、上記の記述は、加害者のブログやプライバシーなら暴露してよい、という意味ではないので念のため。
私がこの事件で一番気になっているのは、やたらと被害者のブログが出てくることである。捜査が進んでいないから、報道することがなくて、ブログを使って時間つぶしをしているように感じられる。被害者のブログの内容を検討することで、事件の鍵が見つかる可能性はゼロではない。しかし、容疑者から得られる情報の少なさに比べて、被害者のブログの検討が多すぎないか。
しかも、ブログからは、容疑者との不仲を思わせる記述と、あとはプライヴェートな事柄しか出てきていない。今日の報道ステーションなどは、被害者がコスプレにこっていたこと、ネット上のハンドルネームなど、はっきり言ってどうでも良い、事件の真相に迫ろうとする気のない報道であった。
この事件に限らず、最近の事件では、関係者のブログが公開され、記述の内容をナレーターが朗読すると言う報道のパターンが定着して来た。加害者ならばともかくも、被害者のブログを公開するのは、事件の真相に迫る意図か、取材の手間を省ける手抜き報道か、あるいは単なるのぞき趣味か。報道する側にその見極めは出来ているか。
なお、上記の記述は、加害者のブログやプライバシーなら暴露してよい、という意味ではないので念のため。
by eastriver46
| 2006-05-08 23:18
| 日記