2011年 12月 28日
今年もいよいよ大詰めであるが、4回生で就職が決まっていない学生はもちろん、現在3回生の学生も、就職活動真っ最中らしい。大変なことである。最近の学生は、夏休みなどの長期休暇も、ほとんど企業が実施するインターンシップでつぶれるらしく、一体いつ遊んでいるのかと心配になる。
インターンシップは、非常に実りある体験になる場合もあれば、ただ単に、インターンシップという名の無給アルバイトをさせられる場合もあって、当たり外れが激しいらしい。そういう学生は、雑用ばかりさせられて、全く何も学ぶことがなく、おまけに給料はもらえず、時間の無駄で終わるそうである。
中には本当に気の毒な、何のメリットもないインターンシップもあるかもしれないが、実は、その学生が、ぼさ〜っとしていて、何も学ばなかったという可能性はないだろうか。というのも、雑用とはいえ、何らかの仕事をしていたのであれば、通常は何か発見があるからである。
私自身の経験でいえば、長い間学習塾で講師をしていたが、そこでも様々なことを学ぶことができた。入ってすぐに、教壇に立てるものではなく、そこはやはり野球部の球拾いのような雑用をやらされるのである。私の場合は、テスト(特に小テスト)の採点と、授業の後の黒板消しである。まさに雑用の王道である。
私が受けた指示は、○は大きく、×は小さく、空欄でもまとめて採点せず、1つ1つに×をつけろということだけ。めんどくさいな〜と思いながら、正解を用意し、採点を始めた。数枚採点して、生徒が間違えるのには、いくつかのパターンがあることに気づいた。採点枚数が増えるにつれて、そのパターンはよりはっきりした。
このことは非常に大きな発見で、多くの生徒が間違えるパターン(漢字で、はねる、止める、はらう、突き出る、など)が分かれば、自分で教える時に、間違えやすいところに注意して教えることができる。教室でクラスを教える前に、個別指導の生徒を教えて経験を積むのであるが、その時、それが大きく役立った。
その生徒はとたんに成績を上げて、非常に喜ばれたのを良く覚えている。生徒にもよるが、そういうちょっとのミスを直すだけで成績が急にのびることは良くあることで、10点くらいはすぐにあがるのである。ものすごく乱暴に換算すると偏差値が4から5は上昇しており、その上昇は、志望校のランク1個分に該当する。
また、私の仕事は単にテストを採点することだけであるが、私が採点したテストで合格点に達していない生徒は再テストを受けることになっていることが分かってきたので、ある時から、採点し終わってから、平均点、最高点、最低点をメモに書いて、再テストになる答案が分かるようにして返すようにした。
私はたったこれだけのことで「良く気が利く奴」と思われるようになった。加えて、生徒の成績があがって感謝されたことで、他のバイト講師の中でも良い評価を得ることができたのである。同時に私は、塾という職場におけるテストの位置づけと、その活用方法について、様々な実例を学ぶことができた。
黒板消しも学ぶところの多い雑用であった。なぜなら、黒板を消す前に、先輩講師がどのような黒板を書いたかを観察することができたからである。色チョークの使い方が上手い講師、図形が芸術的にきれいな講師、特徴はいろいろあるが、評判の良い講師の黒板には、学ぶことが多かった。
その他、生徒の自転車整理や欠席した生徒への父兄への連絡など、ありとあらゆる雑用をやらされたが、良いことも悪いことも含めて、何らかの学ぶことがあり、それはその後の仕事で非常に役に立った。結局これらのことが、私が塾講師として長く続けて行けるだけの好評価につながることになったのである。
所詮私の仕事は学生のアルバイトであり、ビジネスの最前線にいる人間が評価する「できる奴」とは方向性やレベルが違うのだろうが、仕事全体におけるその雑用の位置づけについて考えることで、何かを学ぶことができるだろうし、10頼まれた仕事に対して11返すことで、自分への評価を変えられるのである。
社会人として活躍しているゼミ生が、facebookで、最近の若い人は、指示待ちが多く、自分からあれこれやってみる人が少ないと嘆いていたが、私の体験と言葉に言い換えると「しょーもない」雑用でもガツガツやってみて何かを学んで行くことができる人が減ったということなのかもしれない。
もう少し話しを発展させると、大学生活も同じようなものである。大学とはパソコンのようなもので、ユーザーが使いこなせなければただの箱。この意味で、学生のような自由な立場にいるにもかかわらず「大学がつまらない」と言っている人は、自分自身がつまらない人間だと言っているようなものであることに注意しよう。
インターンシップは、非常に実りある体験になる場合もあれば、ただ単に、インターンシップという名の無給アルバイトをさせられる場合もあって、当たり外れが激しいらしい。そういう学生は、雑用ばかりさせられて、全く何も学ぶことがなく、おまけに給料はもらえず、時間の無駄で終わるそうである。
中には本当に気の毒な、何のメリットもないインターンシップもあるかもしれないが、実は、その学生が、ぼさ〜っとしていて、何も学ばなかったという可能性はないだろうか。というのも、雑用とはいえ、何らかの仕事をしていたのであれば、通常は何か発見があるからである。
私自身の経験でいえば、長い間学習塾で講師をしていたが、そこでも様々なことを学ぶことができた。入ってすぐに、教壇に立てるものではなく、そこはやはり野球部の球拾いのような雑用をやらされるのである。私の場合は、テスト(特に小テスト)の採点と、授業の後の黒板消しである。まさに雑用の王道である。
私が受けた指示は、○は大きく、×は小さく、空欄でもまとめて採点せず、1つ1つに×をつけろということだけ。めんどくさいな〜と思いながら、正解を用意し、採点を始めた。数枚採点して、生徒が間違えるのには、いくつかのパターンがあることに気づいた。採点枚数が増えるにつれて、そのパターンはよりはっきりした。
このことは非常に大きな発見で、多くの生徒が間違えるパターン(漢字で、はねる、止める、はらう、突き出る、など)が分かれば、自分で教える時に、間違えやすいところに注意して教えることができる。教室でクラスを教える前に、個別指導の生徒を教えて経験を積むのであるが、その時、それが大きく役立った。
その生徒はとたんに成績を上げて、非常に喜ばれたのを良く覚えている。生徒にもよるが、そういうちょっとのミスを直すだけで成績が急にのびることは良くあることで、10点くらいはすぐにあがるのである。ものすごく乱暴に換算すると偏差値が4から5は上昇しており、その上昇は、志望校のランク1個分に該当する。
また、私の仕事は単にテストを採点することだけであるが、私が採点したテストで合格点に達していない生徒は再テストを受けることになっていることが分かってきたので、ある時から、採点し終わってから、平均点、最高点、最低点をメモに書いて、再テストになる答案が分かるようにして返すようにした。
私はたったこれだけのことで「良く気が利く奴」と思われるようになった。加えて、生徒の成績があがって感謝されたことで、他のバイト講師の中でも良い評価を得ることができたのである。同時に私は、塾という職場におけるテストの位置づけと、その活用方法について、様々な実例を学ぶことができた。
黒板消しも学ぶところの多い雑用であった。なぜなら、黒板を消す前に、先輩講師がどのような黒板を書いたかを観察することができたからである。色チョークの使い方が上手い講師、図形が芸術的にきれいな講師、特徴はいろいろあるが、評判の良い講師の黒板には、学ぶことが多かった。
その他、生徒の自転車整理や欠席した生徒への父兄への連絡など、ありとあらゆる雑用をやらされたが、良いことも悪いことも含めて、何らかの学ぶことがあり、それはその後の仕事で非常に役に立った。結局これらのことが、私が塾講師として長く続けて行けるだけの好評価につながることになったのである。
所詮私の仕事は学生のアルバイトであり、ビジネスの最前線にいる人間が評価する「できる奴」とは方向性やレベルが違うのだろうが、仕事全体におけるその雑用の位置づけについて考えることで、何かを学ぶことができるだろうし、10頼まれた仕事に対して11返すことで、自分への評価を変えられるのである。
社会人として活躍しているゼミ生が、facebookで、最近の若い人は、指示待ちが多く、自分からあれこれやってみる人が少ないと嘆いていたが、私の体験と言葉に言い換えると「しょーもない」雑用でもガツガツやってみて何かを学んで行くことができる人が減ったということなのかもしれない。
もう少し話しを発展させると、大学生活も同じようなものである。大学とはパソコンのようなもので、ユーザーが使いこなせなければただの箱。この意味で、学生のような自由な立場にいるにもかかわらず「大学がつまらない」と言っている人は、自分自身がつまらない人間だと言っているようなものであることに注意しよう。


春休みで嫁の実家まで出かけた際、ついに、念願のベトコンラーメンを食べることができた。嫁の実家の近くにこの店を見つけて以来、この、強烈なインパクトの名前のラーメンを食べたいとずっと思っていた。しかし怪しげな店の概観もあって、なかなか勇気が出ず行くことができなかったのだ。
そんなことを考えながら店に到着。メニューを見ると霜降りラーメンとかあぶらかすラーメンなど、ちょっと変わった名前のラーメンがあるが、他はまあ普通のラーメン屋である。予定通り、ベトコンラーメンを注文。しばらくして出てきたのは、味噌ベースの、白菜中心の野菜ラーメンであった。